探す【男主】 (ページ3)

今日:16 hit、昨日:67 hit、合計:7,827 hit

3 ページ3

：

　椅子に座らされると、温かい食事が机の上に用意されていた。いつもスプーンやフォークを使わなくても食べることのできるような食べ物ばかり食べてきていたため、一緒に出されたフォークとスプーンに戸惑ってしまった。
　これをどう使うのか、と尋ねるように目線を彼に向けると、彼はまた少し悲しそうな顔をした後、隣に座って自身の手を使いながらレクチャーしてくれた。

「これはこうやって掬って、これはこれで刺して食うんや」

　言われた通りに掬い、刺し、口に運ぶ。食べたことのない、それでも温かい食事に、涙が零れてしまわないよう出された料理を平らげた。

　ゴーン、と置時計の鐘が鳴った。針は午後5時を指している。そろそろ裏口の前に居なければ、家に引き戻そうとする両親が訝しんでしまう。

「......帰るんか」

　その言葉には、色んな葛藤が含まれているような気がした。偶然出会ったこんな自分のことを気遣ってくれる、心優しい彼は、きっと自分と違って立派な大人へと成長していくのだろうな、とぼんやり思った。

「食べ物を食べさせてくれて、ありがとうございました。帰ります」

　引き手に手をかけ、扉を開けて出ようとすると、背後から彼の声が聞こえた。

「俺、トントンって言うんや！」

　後ろを振り返ると、真剣な表情の彼が自分を見ていた。彼に悲しい顔をさせないように、痛みで引き攣る顔で精一杯笑顔を作る。

「トン、トン。......僕は、A」

　Aと自分の名前を復唱する彼。誰からも久しく呼ばれることの無かった自分の名前が、少しだけ色を持った。